死の準備

先日、おじが亡くなった。

「おじ」といっても、親戚が仲のよすぎる我が家ならではの間柄。

叔父でも伯父でもなく、「おじ」。


私の父の兄の奥さんのお兄さん。血のつながりのない「おじ」。

それでも、姪甥のように私たち兄弟と接してくれた。


それなりに人の死には接してきたし、自分なりに人との別れの決め事もできている。

それでも、おじの死まで色々と考えた。

なぜか・・・? それは、おじの死が自他共にわかっていたことだったから。

ガンが進み、本人も家族も親戚も友人も、次の桜を見ることができるかな?と知っていたから。



去年法事があった、おじいちゃん(おじの父)の33回忌。弔い上げでした。

それをきちんと務めて、法事の会食の席で、

「病気が思わしくない。弔い上げまで務められてよかった」とおじは挨拶をした。

おじが言い出して、その場の全員で記念撮影をした。

「絶対に笑顔で写ろう」と決めて、いつもより笑顔を意識した。

おじが一人ひとりにお酌して回っていた。

なんて声をかけよう。周囲とのおしゃべりをしながら、背中におじの気配を感じるまで、

必死に言葉を探した。

言葉を見つけては、エゴかもしれないと打ち消し、

また見つけては、おじのきもちに立っているかと打ち消した。



数十分、必死で考えてたけど・・・笑顔でお酌をしてくれたおじに

両手で手を取って握手をして、「おじさん、がんばってね。また会いましょう。」

たったそれだけだった。

必死に搾り出した笑顔の言葉は、それだけでした。

その後も、冬が来て、お正月がきて、水が温んで、桜の開花予想が出て。。。

何度も何度も手紙を書こうかとおもったけど、そのたびにできなかった。



死の準備をして、それを公にして過ごしたおじに、死を前提にしてお礼をいいたかった。

でも、「死を前提にして言葉をかける」ということが、やっぱりできなかった。

「これで最後」と、これまでの人生をひとまとめにしてお礼をいうことはできなかった。



死の準備をしっかりと進めていた人に、それは、果たして優しさだったのか?エゴだったのか。

私はいまだにわからず、考え続けている。




通夜の席で、おばから伝え聞いた。

「cloverちゃんが「また会いましょう」と言ってくれたのを、喜んでいたわ」と。

正直に言って、うれしかった。エゴだろうとなんだろうと、その一言がうれしかった。






人が一人、いなくなる。

言い足りなかったことがたくさん出てくる。自分の至らなかったこともたくさん気づく。

でも、もう伝える機会はないし、故人に対して、挽回のチャンスもない。




その思いは、自分の中で丸めて、こねて、熟成させて、

多くの人と、そのことを語って、今後の自分の人生の「教え」にするしか道はない。





おじさん、死の準備お見事でした。私は忘れません。




何度も何度も、EPOの「百年の孤独」の歌詞が流れる。。。
















みなさん、今日も笑顔溢れる、快適な一日を 

今日は何の日?

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